近頃少し肩身がせまいネクタイですが…

10月1日はネクタイの日です。

1884年のこの日小山梅吉が日本で初めてネクタイの製造を始めたことを記念して日本ネクタイ組合連合会が1971年に制定しました。このとき作られたのは蝶ネクタイだったと記録されています。カジュアルフライデーやクールビズなどビジネスシーンでもネクタイを締めないことが認められる社会になってきていますし、デザイナーやアーティスト、美容師さんなど職種によってはネクタイなんてほとんど締めないという人もいると思います。ですが、その時に会う人や場所に敬意を払う時や、面接の時など正装でないといけない場面では男性であれば少なからずネクタイを締めた覚えがあるのではないでしょうか。それだけ、今の社会ではまだネクタイを締める=キチンとした服装という概念は強く社会に根付いていると言えるでしょう。

日本の社会にもここまで根付いたネクタイですが、なぜそうなったのでしょうか?

首にあしらう布のアクセサリーはかなり昔から存在したようで、一番古くは中国の秦の始皇帝の墓に埋められた8000体もの兵馬俑に見ることができます。秦の始皇帝が亡くなった紀元前210年辺りに作られた俑で、首にちょうどネクタイの幅ぐらいの布状の装飾品を巻いています。

次に古いのが古代ローマ帝国の軍人が用いた「フォーカル」と呼ばれた首飾りの布です。

これは埃除けや防寒、手拭き、顔拭きなどともっぱら実用的な目的で用いられていたようでネクタイの歴史としてはどうかという見方もありますが、ローマのトラヤヌス帝がダキヤ戦争に勝利した記念に建てられたトラヤヌス記念柱に現在のネクタイのような結び方をしている人が見られるので、ネクタイの祖とする説があります。

ただ、現代のネクタイに直接つながるとされるのはフランス国王のルイ14世の時代(1643〜1715年)になります(ルイ13世という説もある)。1656年にルイ14世の警護にやってきたクロアチア人の騎兵隊の兵士達が首に巻いていた白い布を、王が白いレースで同じものを作らせたことがきっかけでフランス全土に広がったと言われています。ただ、14世紀のフランスや16世紀のイタリアで「クラヴァット(=ネクタイ)」という言葉が既に使われていて、この説も怪しいのですが、今でもフランスではネクタイをクラヴァット(クロアチア人に由来する)というので、ネクタイの原型がフランスで装飾品として広まったクラヴァットというのは間違いないと思われます。今までにもあったのに、なぜルイ14世の時代になってから大流行したのか?それは1660年代までは肩まで広がった大きな襟の服が主だったのが、「かつら」が巨大化したために襟が小さくなり、やがてなくなってしまう。そうなると襟元が寂しくなり、格好の装飾品としてクラヴァットにスポットが当たったという訳です。

このルイ14世の時代にイングランドの国王チャールズ2世は亡命を余儀なくされ、ヨーロッパ中を移り住み、クラヴァットが流行していたフランスで9年間過ごします。王政復古を実現するためロンドンに戻った1660年、このチャールズ2世をきっかけにイングランドや当時植民地だったアメリカにクラヴァットが伝わったと言われています。

1735年頃からクラヴァットに並行して「ストック」が流行するようになります。これはネックバンド(首帯)といった感じのもので、厚手の紙や革を裏打ちにして首に巻いて後ろで止めるようにしたものです。やがて、ストックの上に「ソリテール」という黒いリボンをあしらうようになり、これが今のボウタイにつながるようになります。

クラヴァットを装いの決め手にしたという点で外せないのがジョージ・ブライアン・ブランメル(1778〜1840年)です。通称、伊達男(ボー)ブランメル。これまで化粧やかつら、派手で装飾過多な服が主流だった男性ファッションを、シンプルと清潔感を重視し一見地味とも言える「ダンディズム」という新しい価値観に一変した第一人者です。上流の生まれでなかったブランメルはそのセンスが英国皇太子に認められ、やがてヨーロッパ中にその名を轟かすことになり、「プリンス・オブ・エレガンス」と呼ばれるようになります。彼がクラヴァットを糊付けし、思う通りの形に結びやすいように変えました。朝の身支度に2時間半ほどかけ、糊付けしたクラヴァットは一回結ぶとシワだらけになるので結び直しが効かないため、思う通りに結べるまでにクラヴァットの小山が出来ていたという逸話があるぐらいのこだわりを見せています。洋服が地味になった分、クラヴァットが唯一の見せ場のようになったんですね。ここで多種多様な結び方が生まれ、紳士の象徴として扱われるようになります。このクラヴァットは1850年代まで使われています。

産業革命でイギリスが栄華を極めたヴィクトリア調時代(1837〜1901年)に、型崩れしやすく結ぶのに何時間もかかるクラヴァットより実用的な首元の装飾品が求められ、フォアインハンド・タイ(現在の結び下げ式のネクタイ)、蝶ネクタイ、アスコットタイの3種に分岐します。

そして、その中でフォアインハンドが急速に広がるのは1850年代に固い立ち襟が姿を消し、ソフトな折り返し襟のシャツが好まれるようになってきたことに伴います。折り返し襟の開きにはフォアインハンドの収まりが良かったんですね。

今のネクタイという呼び名は1830年頃からイギリスで使われ始め、それがアメリカに渡り、アメリカから1851年に日本に伝わった時にはクラヴァットではなくネクタイという名で定着しました。ちなみに伝えたのはジョン万次郎です。

このような経緯をたどり日本でもネクタイはキチンとした服装の紳士の証になりました。

このとても男性的なアイテムを女性が身につける時にはそれなりの覚悟や意味がありました。

女性が初めてネクタイを身につけたと思われるのは、20世紀初頭で乗馬をする時や、女性に初めて許されたスポーツであるゴルフや洋弓をする時です。長いスカートをはいたままでしたが、首元は紳士の真似をしてネクタイを締めたりしていました。

第1次世界大戦の時(1914〜1918年)、戦争に駆り出された男達の代わりに女性達が社会に出て働く職業婦人が登場します。その時に初めて制服を身につけた女性達の中にネクタイを締めた姿がありました。男性の代わりを担うのだという気合いと国のために後方支援をするのだという覚悟が感じられます。

1930年代に「嘆きの天使」でセンセーショナルなハリウッドデビューをし、そのカリスマ性で大スターとなったマレーネ・ディートリッヒ。彼女は映画「モロッコ」や「ブロンド・ヴィーナス」で燕尾服姿を見せ、倒錯的な頽廃美から「男装の麗人」と言われました。彼女は私生活でもメンズスタイルを好み、ネクタイを締めたパンツスタイルで過ごしていました。1931年にはパリ市長が男性服で街中を歩くのをはばからないディートリッヒに市外への即刻退去を命じるぐらい、男性と女性の服装モラルがはっきりしていた時代です。彼女はそれまでの浮ついた女優達と違って現実的で地に足のついた女性で、第2次世界大戦の時、ドイツ出身の彼女は大金を積まれてナチスのプロパガンダ用の映画に出演する依頼を受けますが、それをはねつけ、アメリカに永住権を取るといった筋の通った行動をします。その芯の強さを男性服が表しているように感じます。

そして、1977年に公開されたウッディ・アレン監督の映画「アニー・ホール」でダイアン・キートンがラルフ・ローレンのダボダボのメンズジャケットにチノパンツ、幅広のタイを身につけ、男装の流行を作ります。ウーマンリブ運動で女の自立ブームの時代にうまくフィットできない女性のキャラクターを、おじいちゃんのタイやパパの上着を身につけることで、大きく優しい男性に保護されたい気弱な女という形で演出します。大人になりたくない子供のような、まだ“翔ぶのが怖い”と思う女性達の間で圧倒的な共感を呼びました。それまでの強くなるために男性服を身につけた女性達とは真逆の表現ですね。

今もレディースファッションで男性的なトレンドはありますが、それは男性のスーツを解体して何かとミックスしたようなものが多く、ネクタイを締めているスタイリングはほとんど見られません。稀に70年代のアニー・ホールの姿をリバイバルしたようなトレンドが起こることもありますが、ネクタイを締めるスタイルはあまり一般的ではないですね。一部ゆる〜いファッションの中にアクセントとしてネクタイを取り入れるスタイルがあったり、コスプレちっくにネクタイスタイルがあったりするぐらいです。

女子高生の制服にはネクタイ姿が多く見られますが、これに大した意味はないようで、ただ男女平等というのを表しているに過ぎず、後はブレザーに合うので見た目の良さからの採用という感じです。様々なファッションが入り乱れ、個人的な好みで服装を自由に選べる今となっては、ネクタイを選ぶことに何か意味を汲み取ろうとするのも無駄なことのように思われます。

個人的に私はネクタイを締めた男性のスタイルは好きです。合うかどうかあまり考えずとりあえず首からぶら下げておけば社会人としての身だしなみはまあOK、みたいなのは論外ですが、きちんとコーディネートを考えてネクタイを締めている男性は、キリッとしていて仕事もできる印象を受けます。ある女優さんが男性がネクタイを緩める姿にセクシーさを感じると言っていましたが、公の仕事モードからネクタイを緩め私的モードに切り替わる、普段見ることのない姿を垣間見た時に距離が近くなったような感じがしてドキッとするのでしょう。とても男性的なアイテムだからこそ、そうした感覚が生まれるのだと思います。だからネクタイを毛嫌いする男性もいますが、もっとネクタイのおしゃれを楽しんで欲しいです。

私がネクタイを身につけるとしたら、男性的なアイテムを身に付けることでより女性らしい印象が引き立つようにしたいです。ディートリッヒのように完全な男性のスーツスタイルとして着るのはいかにも男装という感じになってしまうので、女性らしいスタイルにキリッと感を作る手段として入れるような…。もしくは普段着ている服にキリッとした格好よさをプラスするような…いずれにしてもゆるい感じではないですね。

でも、中々その機会はないかな…と思いますが、どちらかというと宴会での酔っ払いのネクタイ鉢巻きの方が実現の可能性が高そうです(T . T)。

color&image consultant SACHIKO TAKEMURA

カラーとファッション、メイクのコンサルタント。 スタイリングアドバイスや企業研修、講演、イベント など多数の企業で実績あり。